2016-11-29

DIE GROSSE STILLE(Into great silence)






カトリック教会の中でも特に戒律が厳しいカルトジオ会に属するフランスの男子修道院、グランド・シャルトルーズの内部を、初めて詳細にとらえたドキュメンタリー。ドイツ人監督フィリップ・グレーニングが1984年に撮影を申請、それから16年の歳月を経て許可がおり、音楽・ナレーション・照明なしという条件のもと、監督ひとりだけが中に入ることを許された。監督はカメラを手に6カ月間を修道院で過ごし、俗世間から隔絶された孤独な世界で決められた生活を送りつづける修道士たちの姿を、四季の移ろいとともに映しだしていく。(大いなる沈黙へ・解説引用) 


音がないからこそ、聴こえてくるものがある言葉がないからこそ、見えてくるものがある(解説書より)




2016-11-27

The Childhood of a Leader








映画に行った感想/ネタバレ含む)

「シークレットオブモンスター」
The Childhood of a Leader.2016年11月25日公開





2016-11-24

info







①"What is extracted from inside of us in front of mystery?
 Is it a pure heart? Or is it a reflection of ugliness of ourselves?
 I really fear the latter mystery.

(omit)

 I want to be happy and satisfy my mind."

***

②“Your answer has always some deep meaning. 

When I am with you, I understand everything. 

I feel as if I am freed.”

by Chris Kyogetu


***

今、書いている脚本(舞台用)の一部を少し英訳。
ある原作を元に制作しているのですが、少し紹介。

①完全オリジナル台詞 ②元々ある台詞を一部変更

どの作品なのか、
また纏まったらホームページに載せます。

では皆様、良い週末を(まだ木曜日ですが)

2016-11-15

Agape

    



  Icon o graphについて。
キリスト教映画プロデューサーからお褒めの言葉を頂いたところです。「構造上、アガペーを持ち込むには難しいところを大したものですね」と言われました。
そうなのです。アガペーから離れていくような難しい構造を作りながら私は物語中盤にマタイの福音書の13章を選びました。(各自調べてください)

マタイの13章、神の御言葉(蒔かれた種)が育つための条件とは……小説の中の少年はこの章の朗読の説明(説教)の途中で教会を出てしまいますが、その時の司祭は少年の存在に気づいています。

                   *

時々、日本人はこんな事を言います。「日本ではキリスト教は育ちにくい」と。確かにそうかもしれません。今となっては「現代では失われている」と世界中で言われているかもしれません。それは組織としての大成が難しいというのはありますが、やはり司祭の何気ない視線のように、愛は注がれていると私は思うのです。


現実世界では神への夢想や、イエスが通り道だということを知らなくても、イエスを知る者も各々の「自覚」いうものは「真実」とは別にその人の体系の中に形成されています。現実世界で言葉や誰かの権威で神を消すことも出来ませんし、また同様に神を皆に理解されることは不可能でしょう。


小説の中というものは作家の意思(意志)次第で神を消すことも虚無も生み出すことも出来ます。現代の小説は読者の自由が約束されながらも、神の有無は著者が決められることです。それなのにどんなに決めていながらも、読者は著者の決定には従えないものです。(時々、キリスト教を批判している作家の作品でさえも研究者は本当は聖書からヒントを得たんじゃないかと、関係無さそうな文章を分析したりするのですから)
結論として、小説家は言語だけでは神の有無の「存在」を操れないと知るでしょう。


                   *
 言語とは気分と感情によって読まれるものです。気分と感情が無ければ読むことが出来ません。けれども、それらによって話の重要度が人によって変わってしまいます。それに更に感じる勘であったり、推測であったり心理を読もうとすれば言葉以上に事実に近づくこともあれば、離れることもあります。 そこが面白いところでもあり、中身が理解されないところなのです。


小説は心で読むとも言われたり、特に感情に加わり、その人の想像によって読まれることが多く、読者はその独自の想像力によって文章を読み進んでいきます。それを知りながらも私は、一見アガペーを持ち込むことが難しい話を書きました。 その設定としてフィクションでは凡庸になってしまっているテーマを集めました。恋の設定も死の設定もその一部でしょう。更に、ギリシャ神話、大覚醒時代の文学、問題作品扱いとなった文学、天文時計と外界(人の歴史として)に在るものを用意しました。


 それから現実の「私」について。私は確かにイエスを信じていますし、アガペーも自覚があり、それなりの神秘体験があります。イエスを通して、私の感性は成長し、哲学の歯車は動いているでしょう。それはあくまでも私の内部世界であり、それを取り巻く思索や思考なのです。 これが正しいと人に押し付けたら社会性を疑われるでしょう。このように仮にも「私は知っている」という事実があったとしても、世界にとっては一個人の内部なのです。


(私は洗礼を受けてから二年程度しか経っていませんが)信者同士だからと言っても感情の共有の絶対性は約束されていません。教会に行けば良い出会いもあれば残念な出会いもあります。そして信仰とは弱い人が助けを求めるために入ると思われがちですが、実際に弱かったらやっていけないということです。助けもあれば自立も必要とされます。盲目の模様、嘘つきの模様、そして美しい模様、教会には様々な模様を描いている岩のようにあるのです。私は、そこで静観することを覚えました。そしてそれでも「在る」と感じるものを瞬きと共に知ることが出来ました。(岩とは私の詩情です)
 私が避けたかったのは、物語の中で登場人物の一人だけが信仰を持ち、その人の内部を見つめる傍観者を作ることです。それとイエスを知らない者が悪人になったり、非情になったりするというのも避けましたし、登場人物達を神学や哲学の傀儡にしないように気をつけました。今後の作品ではどうなるか分かりませんが、今回はそうするべきだと思いました。


それにキリスト教徒ならこれは強く持たなければなりません。知らないところでも、神の愛は育っているということです。自分の「覚知」以上の世界を自覚することです。ですので私は敢えて宗教色を強くしようともしませんでした。


私の内部世界がどう思索や思考、そして想像力への動力となり、外に触れることが出来るのか、毎回私は試されます。私の作品は常にそうだと思います。 


* *但し、前半部分からアガペーはあります。小説として明確であるか無いかの違いです。

2016-11-06

nest











―――鳥の巣の営みを人間の例え話(詩情や比喩に)使おうとすることは早計である。鳥の営みと人間の生活とはまるで違うからだ。よく巣を観察すること……
そして、断言出来ることは
現象学者は必ず鳥の巣に
惹かれるだろう。―――
*****
これはあるフランスの哲学者の話(仏語版・訳は掻い摘んでいます)です。
最初にこれを読んだときは入院中のときで、心には来なかった。それなのに数年後、書きかけの自分の小説と繋がることになる。気がつけば、彼の予言通りに私は鳥の巣に惹かれることになった。

自分の信仰とは別に、色んな人の話を聞いて回った。聞いただけではなく、「経験」という小世界を形成してきた。そんな自分が目指すのは、「原稿」であり、小さな生命を育てている。まるで自分は鳥の巣を作る鳥のようだと気づいたのだ。そしてこの小世界は鳥の巣と同じように永遠では無かった。

営みと言ってもすれ違ってしまったこと、
愛であると疑いたくなかった繋がり、
そういったものもあった。
人間の営みは
鳥の営みに例えることは確かに早計なのだ。


鳥の巣の成り立ちは神学と哲学、世界の内面を繋ぐとき、人間の感情や言葉では足りないものを上手く纏めてくれていると私は胸を時めかせた。


「鳥の巣」これこそ人々が重ならないものを固めた「詩情」なのだと私は疑わなかった。


鳥の巣はあまりにも精巧に作られていて人間が似たような草木を集めただけでは作ることは恐らく出来ないでしょう。いつも図鑑や非売品のショーケースから見つめるだけだったけれども、漸く本物の鳥の巣を手に入れることが出来ました。(イギリスから来たそうです)

*****
今回の小説は「営み」や「愛」を結論とすることは容易ではない
テーマを選びました。だからこそ、この鳥の巣の営みと人間の例え話を並べることが出来ないということに結びついたわけです。
心臓部分となるものは冒頭にあるとおり「愛の裏」であり
造語までした「栄巣」ということです。
*****


*羽はカラスの羽です。(ワタリガラスではありませんが)完成してから数日後、木の葉が揺れる音と共に空から降ってきたのを取ったものです。とても嬉しくて、必ず取らなければならないような気がして、私はヒールで走って手を伸ばしました。
*暫くは少しだけ動物の匂いがしましたが、今はもうしません。
壊れやすそうなので気をつけて撮影しました。どんな風に撮影するのか実はまだ良いアイディアが無くて、とりあえずこんな風に。
あんまり出したりすると壊れそうなので、もっとアイディアが纏まったときに新しく撮影するかもしれない。(巣:セキレイ)
◎鳥の巣を買った店→http://www.piika39.com/

走った靴(プラットフォームパンプス8~9cm) 

この記事は作品を読まないと分からないように書きました。