2017-06-27

ポーの一族(萩尾望都)










●兄さん わたしたちは いつまでも 子どもでいられるの
だから いつまでも はるかな国の 花や小鳥の夢をみていていいのね

●あの子はどこ? 思い起こすだけで 幸せにはなれない。

● そら あなたは また笑う。 
ポーの一族・(はるかな国の花や小鳥の章)




エルゼリとエドガー
















●「ポーの一族とは」


この作品が発表された1970年頃は「花の24年組」と言われる女性漫画達が、少女漫画というものに文学性や哲学、宗教観等を盛り込んだ。

ポーの一族とは、バンパネラであり(ヴァンパイア)、成長を止め、半永久的な命を約束されている一族のことである。彼等は長い時を超えて、時々愛する人間を仲間にする。エドガーとメリーベルは兄妹だが、ポーツネル男爵とシーラ夫婦は本当の両親ではない。そんな夫婦と一緒に家族を装い、時を超えて旅をする。19世紀、アランという美少年を気に入った兄妹は彼を仲間に入れようとするが、上手くいきそうにもなかった。

そんなある日、シーラは若いクリフォード医師に、この世のものでないと気づかれて殺されてしまう。それから立て続けに妹のメリーベルも殺される。


一方、アラン一家でも、母親がアランが嫌悪感を抱いている婚約者・マーゴットの父と親密な間柄であることを知る。婚約者の父親は急いで逃げるアランを追いかけ、マーゴットとの結婚について執念を見せるので、アランはただ彼を振り払うだけのつもりが、階段から落としてしまう。

「人殺し!」
「人殺し!」

とマーゴットが叫んだ。アランは自分の部屋に逃げるが、執事が扉をこじあけるのは時間の問題だった。そんな、追い込まれたアランのところに、エドガーが部屋の窓から声をかける。

「きみも おいでよ ひとりでは さびしすぎる」

すぐに、執事が父親の無事を伝えにアランの部屋の扉をこじ開けたが、既に、エドガーはアランを連れ去っていた。

まるで風に連れていかれたように。 

アランはメリーベルを女性として恋をし愛していた。エドガーはメリーベルを兄として、そしてそれ以上に愛していた。二人の長い旅は過去の記憶の回想を交えて進む。それは読者を一族の謎、アランとエドガーの葛藤へと運ぶ。それに伴ってどんな時間へ行っても、思いを超えても、消えて二度と戻ってこないメリーベルの姿を濃くさせていく。




左 エドガー 右アラン
メリーベル













●はるかな国の花や小鳥


今回は、ポーの一族の中の「はるかな国の花や小鳥」という話を紹介する。
エルゼリは、一時だけ過ごしたハロルド・リーのことをずっと想っていたかった。彼が約束通りに迎えに来なかった上に、他の人と結婚したと知っても、彼のことを期待するわけでもなく、彼を愛したまま時間を過ごしていた。美しいエルゼリ、近所の少年達も彼女に憧れを抱いていた。そんなエルゼリのバラが咲く庭にエドガーが現れる。彼女は彼の美しい青い目を見て、「ユニコーン」と呼ぶ。ユニコーンは処女の乙女を愛する。エルゼリは大人なのにそのような女性だった。だからこそ、そんな伝説を思い出させるような始まりだった。エドガーは時を超えて、神話のように現れては彼女に興味を持ってしまい、ハロルド・リーを見に行ってしまう。彼は他の人と結婚をしただけではなく、エルゼリそのものを忘れていた。ショックを受けたエドガーは彼の元をすぐ離れる。それから数日後、ハロルド・リーの中で何かが引っかかったのか、エドガーに似た少年を見つけ、彼を追って事故死してしまう。

  エルゼリとハロルド・リーと一緒にいた思い出は事実だったが、時が経つにつれ、彼と交れないことによってその思い出が夢想であり、幻のようになる。彼女はそんな幻を抱きながら内面世界の中で暮らしていた。

彼女はただ微笑んで、外界世界が自分の内面世界を傷つけないように彼女は駒を進めなかった。それがエドガーという少年の影響で駒が大きく動き出してしまい、守りでずっと動かなかった彼女は、手首を切ってしまう。


 幸い、エドガーの発見のお陰で一命を取り留めたが、エドガーとアランが旅立った三年後、エルゼリは病死する。


●あの子はどこ? 思い起こすだけで 幸せにはなれない。


 音楽には神童というものがいるが、文学はある程度の経験を積まないと完成しない何かがある。(これは漫画なので位置付けは難しいが文学と言っても良いだろう)
「思い起こすだけで 幸せにはなれない」少年エドガーのこの台詞、突然失った妹のメリーベルのことを言っているが、この言葉自体は若くても思いつくことかもしれない。
それでも、この頼りない言葉に重みが出て深みが出るのには経験を積まなければならない。

ヴァンパイアの存在を大体物語りにするとしたら、彼等は人の時間の流れの摂理から括弧に入れられたようになる。他が老いていくのに対して自分だけが成長を止めて、知らなくても良かった時間を知っていく。彼等は肉体の成長が止まるけれども、人間世界と共存し心は持ち続ける。その影響で、その年齢にはふさわしくない目になっていくが、肉体が故に、心を操る精神はある程度止まってしまうようだ。



それは周囲が彼等の肉体で判断し、子どもとしてしか扱わないせいなのかもしれない。その年齢に応じたように、その人の立場に合わせて人の声や世界は本人に届いていく。 
 長い時を経て文明の変化を目にしても、幼い自分に向けた視線は永遠に変わらない。思い返せば、大体自分に対する人の見方というのは年齢の成長と立場によって変わっていく。これは世界の一部は自分に合わせて動くということでもある。1世紀を超えても彼等にとって自分にむける世界の声はあまり変わらなかった。ポーの一族と呼ばれる大人達は一族の血を絶やさないために人間を仲間に入れていたようだが、エドガーやアランは違った。夫婦のように長らく愛せるもの、親友のように信用出来るもの、長く愛することによって精神を成長させたかったのかもしれない。しかし、その年齢に応じたような結末ばかりを迎えてしまう。(リデルは除く)メリーベルは既に幻姿同様、「思い起こすだけでは 幸せになれない」と、もう自分達の成長には携わってくれない。


それを「孤独」とあらわすのか「自由」と表すのか、エドガーとアランは孤独―深い影自由―変わらない美貌の両面を露にして読者に見せる。彼等は感情は喜びや悲しみ、怒りは隠さない。

エドガーは、自分と似たような内面形成をしてしまっているエリゼリに惹かれた。

メリーベルを彷彿とさせるエリゼリに惹かれた。

不思議なことに、彼女の周りの人間も彼女を傷つけないようにと派手な動きを見せない。誰もが強引なことをしないのだ。周囲の彼女への態度は常に一定、彼女に気があるヒルス先生も奥手なだけなのか、彼女に踏み込めない。完全なる配置、彼女は人間の力でそれを成し遂げていた。彼女がエドガー達と違うのは「悲しみ」や「孤独」を見せないところだった。

エドガーは自分と同じように彼女の心の奥に「孤独」があるのかどうか知りたかっただろうし、彼女は他の人にも愛されていて、幸せはすぐそばにあるのに、何でこの人は目覚めないのだろう、孤独を教えてやりたいと衝動が出たのだろう。


それは長い時を経た大人の男性の愛とは違う、幼い衝動に過ぎなかった。エドガーもまた成長を止められてしまっているからだ。

その幼い衝動が、彼女の夢想の相手である男の死へと運命を動かしてしまう。

人を愛することは喜びだけではいられない、それを一番分かっているのはエルゼリだったのかもしれない。
分かっているからこそ捨てた悲しみは、常に微笑むことを忘れない。けれども、微笑み続ける理由をなくしてしまった途端に、世界が終わったと終止符を打とうとした。

エドガーはアランを連れて、エルゼリから離れるときに泣いた。

エドガーというユニコーンは、エルゼリが大人だと知って離れたようだ。

時が動いてしまったということ、彼女が捨てた悲しみの代理人のように。 














●感応 


この話を初めて読んだのは5歳の頃だった。「好きなお話は人生にうつるから、読むのなら明るい話にしなさい」と母によく言われたけれども、この本を渡したのは母だった。この本は5歳からの付き合いとなる。

「兄さん、わたしたちは いつまでも 子どもでいられるのだから いつまでも はるかな国の 花や小鳥の夢をみていていいのね」

メリーベルのこの子どもらしい言葉、
大人は、子どもはこういう夢を見ていて、大人はこういうことを考えなくなるとよく言った。けれども、子どもの頃の私にとってはこんな夢想は初めからは無かったような気がする。鳥や、花は目の前にある現象に過ぎなかった。誰かが花が綺麗だと言って、誰かが小鳥は自由だと語った。 何が美しいのか、何が心地よいのか、自分に向けた声、自分に向けられたわけでもない情報、それが私の知らない間に形成されて私の心の一部となって、私の心として動いていく。 


これを『感応』と言うのか――感応とは、事に触れて心が感じ動くことであり、人々の信心に神仏がこたえることと、感受性と神仏との両方の意味を持っていて日本人の私にとっては説明しやすい。私にとってもこれは両方の意味があると思いたい。 感応とは知らないことでも心が動かされる。

  意味は分からなくても美しいと分かる話、読めば読むほど、外の世界が違って見える話、自分の眼がより光を好み、影を軽視出来なくなり、盲点へと近づきたくなる。 
そういう作品の一つがこの「ポーの一族」だった。 私にとって、この作品はバンパネラのように子どものままでいたいと思わせるのではなかった。

幻姿に見せかけた美の完成形は大人にならないと書けない。
これは私に、大人になるということの期待を与えた。

こんな大人は何処にいるのだろうと思った。心の何処かで私もそうなりたいと思ったのかもしれない。 やがて、大人になると幻姿は捨て切れなかった幼心のように変化していた。 

とても好きな話。 幼い頃、意味が分からなかった話が説明出来るようになる。漫画は句読点があまり無いので引用するとき少し違和感があったけど、それでも好きだと書いたのは初めてかもしれない。















ポーの一族・萩尾望都 小学館文庫

   サムネイルデザイン・編集:鏡月玖璃子

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